1.  トポロジカル量子物性と量子伝導

最も基礎的な量子伝導に異常ホール効果があります。19世紀後半に発見されて以来、異常ホール効果は強磁性体において磁化に比例して現れることが経験的に知られてきました。言い換えれば、磁化を持たない磁性体、たとえば、スピン液体や反強磁性体において、異常ホール効果は現れないと考えられてきました。しかし、近年、その起源に対する理解が進み、これらの磁性体においても、異常ホール効果が出現すること、また、その起源は電子構造のトポロジカルな性質が起源であることがわかってきました。

異常ホール効果は1880年に当時Johns Hopkins大学の博士課程の学生であったEdwin Hallが発見して以来、その理論的理解が完成するまでには1世紀以上もの時間を要しました。20世紀中ごろには、Karplus Luttingerによる内因機構、次いで、スキュー散乱やサイドジャンプという外因機構が提案され、それらの間で長らく論争が起こりました。その混沌とした状況に解決の糸口をもたらしたのが、1982年に量子ホール効果の研究で提案されたTKNN(Thouless - Kohmoto - Nightingale - den Nijs)の式であり、それ以降に続くベリー位相の概念による定式化です。2016年、Thouless氏はこの功績でノーベル物理学賞を受賞しています。このFormalismが強磁性金属の異常ホール効果に拡張されたのが、20世紀の終わりから21世紀の初頭にかけてです。これによると、異常ホール効果は、もはや、磁化によるものではなく、逆格子空間に存在するベリー曲率によるものであると理解できます。このベリー曲率は異常ホール効果を誘起する、まさに実空間の磁場と透過な役割を担うことから、仮想磁場とも呼ばれています。通常、仮想磁場は磁化に比例するために、異常ホール効果はこれまで磁化の大きな強磁性体でのみ実験的に観測されてきました。一方、近年の理論的な発展により、反強磁性やスピン液体においても、大きなベリー曲率による異常ホール効果が出現する可能性が指摘されていましたが、実現には至っていませんでした。

 

そのなか、我々のグループは、一世紀以上の常識を破り、磁化がなくても異常ホール効果が現れることをスピン液体[1]や反強磁性体[2,3]における実験により世界で初めて明らかにしてきました。特に、反強磁性体においては、強磁性体の異常ホール効果と同程度かそれを凌ぐような大きなホール伝導率が観測されています[2,3]。さらに、我々の研究から、トポロジカルな粒子であるワイル粒子に由来した、運動量空間での数100テスラ級の仮想磁場が、この巨大ホール効果を誘起していることを明らかにしました[4]。また、その後の理論的考察からこの仮想磁場の発現には反強磁性体の有する多極子が本質的に重要であることも分かってきました[5]。これらの発見を契機に、反強磁性体で次々と新しい現象の開拓が可能となり、異常ホール効果に加えて、熱、光とカップルすることにより生ずる異常ネルンスト効果[6]、磁気光学効果[7]、カイラル異常[4,8]、スピン軌道トルクによるスイッチング[8]など新しい現象を世界に先駆けて続々と報告してきました。

このように、我々が進めるトポロジカルな電子構造に由来する新しい量子伝導現象の研究は、物性物理だけでなく、高エネルギー物理、スピントロニクスや、エネルギーハーベスティングなど、基礎から応用まで幅広い分野に大きな波及効果をもたらしています。

[1] Y. Machida et al., Nature 463, 210 (2010).

[2] S. Nakatsuji, N. Kiyohara, and T. Higo, Nature 527, 212 (2015).

[3] N. Kiyohara, T. Tomita, and S. Nakatsuji, Phys. Rev. Applied 5, 064009 (2016).

[4] K. Kuroda, T. Tomita et al., Nat. Mater. 16, 1090 (2017).

[5] M.-T. Suzuki et al., Phys. Rev. B 95, 094406 (2017).

[6] M. Ikhlas, T. Tomita et al., Nat. Phys. 13, 1085 (2017).

[7] T. Higo et al., Nat. Photon. 12, 73 (2018).

[8] H. Tsai, T. Higo et al., Nature 580, 608 (2020).

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