3. 量子多体状態の制御

シリコン(Si)に代表される半導体を基盤とした現代社会を支えているのは、エレクトロニクスと呼ばれる物質中の電荷を電気的に制御する技術です。一方、電子は電荷のほかに「スピン」(スピン角運動量) Sz=±ħ/2という内部自由度を持ちます。物質中で電子がお互いに強い斥力を感じて局在すると、このスピン自由度が顔を出し、様々な磁性を示すようになります。これらの自由度はそれぞれ異なる物質で現れるため、独立した観点や興味から研究が行われてきました。しかし、近年、薄膜試料作製技術や微細加工技術の向上やスピン流と呼ばれる角運動量の流れの理解が進んだことで、電荷とスピンの2つの自由度を同時に利用したり、スピン自由度のみによる現象を分離したりできる新しいエレクトロニクス技術「スピントロニクス」が大きく進展し注目されています。

巨大磁気抵抗効果(Giant Magnetoresistance : GMR)[Fert と Grünbergは2007年にノーベル賞を受賞]やトンネル磁気抵抗効果(Tunnel Magnetoresistance : TMR)の発見を契機に、スピントロニクス研究は飛躍的な発展をとげ、身近にある磁気記録装置など数多くのデバイスが開発されてきました。例えば、強磁性層/絶縁層/強磁性層の三層を基本とした強磁性トンネル接合素子を用いた磁気抵抗メモリ(Magnetoresistive Random Access Memory : MRAM)は、磁化の向きを単位として不揮発に情報を記憶することが可能で、既存の半導体技術を用いた揮発性メモリを各段に省エネルギー化できるため、大きな注目を集めています。スピントロニクスの研究に用いられる物質は金属、半導体、絶縁体と多岐にわたります。そのなかでも、特に研究が盛んに行われているのが強磁性金属です。代表的なものとしては、FeやCo、Niなどが知られていますが、最近では複数の元素からなるホイスラー合金等の金属間化合物にも研究対象が広がってきています。強磁性体では磁化が秩序変数であるために、その大きさに比例して電気や光、熱などに対しての巨大な応答を得ることができます。また、この巨大応答を駆使することで、多くのスピントロニクスデバイスが開発されてきました。

これからのIoT時代のBig DataをAIで処理する際など、超高密度・超高速駆動のメモリが必要となるシーンはますます増える一方です。現在、スピントロニクスで用いられている材料の多くは強磁性体ですが、磁気デバイスの更なる高性能化への期待から、最近では反強磁性体が主に次世代メモリとして検討されています。それは反強磁性体が、以下の理由から、超高密度・超構造駆動のメモリを実現するのに最適と考えられるからです。すなわち、反強磁性体のメリットは、

  1. 磁化がゼロ、あるいは、極端に小さいため、漏れ磁場が小さい。そのため、高密度化に有利。

  2. スピンの歳差運動の周波数がTHz程度とGHz程度の周波数を持つ強磁性体に比べ桁違いに高い。そのため、情報の高速処理に有利。

  3. 種類が多いために、安全安価な材料で、高密度、高速駆動可能なデバイスを作れる可能性が高い。

などがあげられます。一方で、その開発を大きく妨げてきたのは、磁化を持たない反強磁性体を用いる上で「磁気構造由来の巨大応答を得ることとその制御が困難である」点でした。

 

我々の研究室では、従来のスピントロニクスで用いられていた強磁性体の磁化や磁気双極子ではなく、より高次の磁気秩序変数である「磁気多極子」[1]やディラックやワイル粒子をはじめとする「トポロジカル電子構造」に着目をし、反強磁性体をはじめとした物質における新奇量子多体現象の開拓をおこなっています。最近では、運動量空間に存在するワイル点由来のベリー曲率[2]に由来した巨大な異常ホール効果[3,4]や異常ネルンスト効果[5]など、従来の反強磁性体では不可能と思われてきた電気[3,4]や熱[5]、光[6]などに対しての巨大な応答を室温で得ることに世界で初めて成功しています。またスピントロニクス技術を基軸とした表面や界面物性の開拓[7,8]に特に注力しており、非磁性重金属と反強磁性ワイル金属との界面に生じるスピン流による反強磁性秩序やワイル点を電気的に制御する手法の実証にも成功しています[9]。これらの成果は、反強磁性体スピントロニクスを実現する基盤技術として世界的に注目されています。

このように我々の研究室においては、物質の持つ電気的・磁気的性質をミクロな観点から理解し、それらの量子多体現象としての新しい可能性を追求しながら、基礎から応用に直結する波及効果の高い研究の構築を目指しています。

[1] M.-T. Suzuki et al., Phys. Rev. B 95, 094406 (2017).

[2] K. Kuroda, T. Tomita et al., Nat. Mater. 16, 1090 (2017).

[3] S. Nakatsuji, N. Kiyohara, and T. Higo, Nature 527, 212 (2015).

[4] N. Kiyohara, T. Tomita, and S. Nakatsuji, Phys. Rev. Applied 5, 064009 (2016).

[5] M. Ikhlas, T. Tomita et al., Nat. Phys. 13, 1085 (2017).

[6] T. Higo et al., Nat. Photon. 12, 73 (2018).

[7] T. Higo et al., Appl. Phys. Lett. 113, 202402 (2018). “Featured articles”

[8] D. Qu et al., Phys. Rev. Mater. 12, 73 (2018). “Editor’s suggestion”

[9] H. Tsai, T. Higo et al., Nature 580, 608 (2020).

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